2026年8月5日
【17年目の真実】元大工棟梁の涙
〇二世帯住宅で迎えた在宅介護。30年後・50年後に「この家で良かった」と思える家づくりを
大東住宅の高橋です。暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
我が家は、家族6人で住む二世帯住宅を建ててから、早いもので17年が経ちました。(二人の娘は独立し、現在は4人で暮らしています)
振り返ると、家を建てる当時に今でも鮮明に思い出す「葛藤」がありました。今日は、我が家の17年間の歩みと、最近訪れた大きな出来事についてお話しさせてください。
・昔気質の「大工棟梁」だった義父との葛藤
同居する義父は、自ら棟梁として工務店を営んでいた、昔気質の頑固親父でした。
職人としての強いプライドを持った義父に、自分が建てた家からの住み替えと、当時まだ一般的ではなかった「外断熱での新築」を納得してもらうのには、かなりの苦労がありました。
しかし、工事が始まると変化が訪れます。
基礎、柱、屋根の野地板の外側に断熱材を施工し、丁寧に気密処理をしていく現場をつぶさに見つめる義父の目が、徐々に変わっていったのです。
「なるほど……これが外断熱っていうのか。確かに理屈に合ってるな」
現場を見ながら感心しきりの義父でした。
・「こんなに違うものか」職人が認めた外断熱の住みごこち
そして、実際に暮らし始めてから、義父の口から驚くような言葉が出るようになりました。
「ホントに大東の家は、あったかくて、涼しくていい家だなあ。断熱が違うだけで、こんなに違うとはたまげたもんだ」
さらに80歳を過ぎてからは、こんな言葉も口にするようになったのです。
「昔の仲間がどんどんいなくなる中で、自分がこんなに元気で長生きできるのは、この家のおかげかもしれないなあ」
めったに人を褒めない義父からの言葉に、義母も驚いていたのを覚えています。
・90歳を過ぎて始まった「在宅介護」と、17年前の設計
そんな義父も90歳を過ぎてから体調を崩し、入院を余儀なくされました。退院時、「施設に入所するか」「在宅介護をするか」の選択を迫られることになります。
本人は頭もしっかりしており、「家に帰りたい」一心でした。85歳を過ぎた義母は寝たきりの義父の介護に不安を抱いていましたが、老健施設でヘルパー経験のある妻が「まずは家族で協力して頑張ってみよう」と背中を押し、今年1月から我が家での在宅介護が始まりました。(週2日はデイーサービス。)
「介護」と聞くと、暗く大変なイメージを持たれるかもしれません。しかし、我が家は少し違います。
なぜなら17年前の新築時に、私たちは「将来、介護をする側も受ける側も、できるだけストレスを感じない家にする」というコンセプトを設計に込めていたからです。
介護動線を考慮した間取りはもちろん、家中どこにいても温度差がなく、清浄な空気が保たれる住環境の中で、訪問診療の医師や看護師、ヘルパーさん方からも、驚きの声が上がりました。
「本当に気持ちがいい家で、介護には最高の環境ですね。こんな家はないですよ!」
・プロの職人、そして父親からの「ありがとう」
専門家の方々からの言葉も嬉しかったのですが、何より嬉しかったのは義父の言葉でした。
ベッドの横に立つ私に、義父が何度も微笑みながら言ったのです。
「一夫さん、病院や施設よりも、この家が一番気持ちいい。最初は反対したけれど、90過ぎてもこんなにいい家に住ませてもらって、本当にありがとう」
プロの職人として、そして父親として認められた気がして、思わず涙がこぼれ落ちました。
・ 家づくりの本質とは何か
家を建てる時、私たちはつい今の快適さや、見た目のデザイン・設備に目を奪われがちです。もちろんそれも大切な要素ですが、超高齢化社会を迎えるこれからの時代に本当に必要なのは、
「人生の最後の瞬間まで、家族が笑顔で、人間の尊厳を保って心地よく生きられる家」
ではないでしょうか。
大東住宅が追求し続けている「いつも強く、いつも快適に」という言葉の最終的な本質は、まさに義父と過ごすこの瞬間にあります。
30年後も、50年後も、「やっぱりこの家を選んで本当に良かった」とご家族みんなで微笑み合えるよう、私たちはこれからも皆様の暮らしと命を全力で守り続けてまいります。
我が家の日常のひとコマですが、これから家づくりを考える皆様のヒントになれば幸いです。
※ 在宅介護に適した住まいをご検討のお客様へ
ご希望の方には、我が家の間取りを差し上げます。また見学希望の方がいらっしゃいましたら、お気軽にお声がけ下さい。
- 高橋一夫







