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七ツ森の木の家ができるまで

大東住宅は、1981年創業の地元宮城の住宅会社です。ログハウスや充填断熱の木造軸組工法などを手掛けてきましたが、1995年より『外断熱・二重通気工法 ソーラーサーキットの家』を採用し、高性能な住宅建設に取り組んできました。この度、地元の工務店として、地域に必要とされ、地域の皆様が健康に暮らし、地域の環境や経済に貢献する為、これまでの家造りを基礎に地元宮城の木を使った新たなブランド『NANATUMORI』を立ち上げました。

地元の工務店として地域貢献する

時代は大きく変わり、現代に生きる私たちは、地球環境を重視した生き方が求められています。昨今、温暖化による気候変動がもたらす台風や洪水などの自然災害が頻発しております。森林は、二酸化炭素を吸収し、清らかな水を供給し、動植物の生態系を維持するとともに、洪水や土砂災害から私たちの暮らしと命を守る唯一循環可能な資源です。そして、地元の木を使って家を造るということは、製造時や輸送時におけるCO2の排出を大幅に削減し、二酸化炭素の固定化にも大きく寄与します。さらに、衰退する林業や製材業の活力となり、地域経済にも貢献を果たすことができるのです。

民話で伝えられる七ツ森

実はこの七ツ森は民話でも言い伝えられているのです。その昔、アサヒナサブローという男がいて、この地に川と沼と山を作ったそうです。現在は吉田川、品井沼となり、七つの山は吉田川流域の七つの市町村、大和町・大衡村・富谷市・大郷町・鹿島台町・松島町・鳴瀬町を見守る森となり、豊かな土壌を育んできました。この地の自然の恵みを受けてきた私たちは、アサヒナサブローからのメッセージを七ツ森の木の家と一緒にお客様に届けていきたいと思います。

ふるさとの民話「七ツ森」

昔々、うんと昔なあ、このあたりの人達は、群れをつくって山や野をかけまわって、狩をして暮らしていたんだと。ある日のこと、山の中を歩いて行く一人の男がいたんだと。ひとつ山こえ、ふたつ沢わたって、男は谷へおりていった。男のかげが谷川におちると、そこら一面もうもうと生えたカヤがゆれて、そのあいだから一つの声がわいておきた。「だれか来たな」「んだっ、若い男だぞ」「ありゃあ、うすのろのアサヒナでねえか」

男は、カヤの上にどんがりころがると、うおんうおんと泣きだした。アサヒナは、でっかい図体してたけんど、ウサギ一匹殺せなかったと。そればかりか、「もぞさげくて(かわいそうで)、とっても殺せねえ」と、見つけたケダモノは、片っ端から逃がしてしまうんで、むれの人達は腹をたてた。「この、うすのろめっ!いっちまえ。おらだちについて来るな」と、言い捨てて、新しいえものを求めて行ってしまったんだと。

アサヒナがやって来た谷は、みどりの谷と呼ばれていた。狩りをする人達の群れが、新しい獲物を求めて移って行くときに、年寄りや病人を捨てていく谷であった。ときには、群れを離れた人達が、ひっそりとたどりつくこともあった。谷では、アサヒナが来たのを喜んだ。「アサヒナ、水くみしてけれや」「アサヒナ、アケビが食いたいぞい」「アサヒナ、こっちさ来いっ」みんなは朝から晩まで、「アサヒナやアサヒナや」と呼んで、たくさんの仕事を頼んだんだと。

あるとき、ばんつぁんがこう聞いた。「アサヒナ、アサヒナ。おてんとさんとみなみ山と、はてさて、どっちが遠かんべ」すると、アサヒナはケロンと答えたもんだ。 「そりゃ、みなみ山だべさ。おてんとさんは、ここから見えるけんど、みなみ山は、サッパリみえねえもん」ところが、おてんとさんより遠いみなみ山から、病気の娘がたどりついた。アサヒナはたんまげた。「あえっ、やっぱしおてんとさんが遠いかや。みなみ山から娘が来たけんど、おてんとさんから来た人は、まんだ見たことねえぞ」って、頭かかえて、考えこんだとさ。

みなみ山から来た娘は、おもいがけないことを語って聞かせた。「もう、どこへ行っても、狩りだけしてるところはねえんでがす。コメば、作って暮らしてるんでがす」娘は、しょって来た袋からモミゴメを出して見せた。「へぇー、こいつば作ってんのか」「ほんだよ。もう、ケダモノば追って、そっちこっち、さまよわなくともええんだ」谷の人達はたんまげた。くちぐちに、つぶやいて、娘の手のひらのモミゴメに目を光らせた。そして、ふしぎに強い力で、コメに引き寄せられていくのだった。

つぎの春がやってくると、谷ではだれからともなく土をほじくりはじめた。「おらだちも、コメばつくるべ」「そうだとも、おらだちがつくるべ」谷は、そういう人達の熱いいきで、いっぱいになった。だが、年寄りや病人の多いこの谷で、頼りになるのは、うすのろのアサヒナたったひとり。「たのむぞど、アサヒナ」じんつぁんや、ばんつぁんに肩を叩かれて、アサヒナは、しゃなすに(しゃにむに)働きはじめた。来る日も、来る日も、言葉を忘れて、くるったように働いたとや。

このころからだった。アサヒナのからだが、火のように熱くなっていったというのだ。 「アサヒナよう。火の玉でものんだかや」みんなが、アサヒナのからだに、さわってみると、その手がつんとつっぱるほどに熱かったと。アサヒナが、両手をおっつけて大木を押すと、なんとそこから火のこが舞って、みるまに大木は燃え尽きる。一面のカヤをなぎ倒すと、ごおっとおそろしい音をたてて、カヤはやけただれた。

こうして、たちまちのうちに、谷はみごとな田んぼにかわり、稲穂が金色の波でうねる日がきた。みんなは、田んぼのへりまでにじりよって、なめるように稲をながめたとや。あさげの 稲コはしんらしんら ひるまの稲コはきんらきんら ばんげの稲コはぎんらぎんら はあ美ぐすい美ぐすい その夜はみんなのうたうこえで、夜あけまで谷はにぎわった。

そうして、ある秋のことだった。黒い雲が、谷をおおったと思ったら、だわだわ雨がふってきた。雨は、三日、三晩降りつづいて、四日目には谷の水があふれだした。あれっという間に、どっどっどっと、てっぽう水がつっぱしり、首をたれた稲が根こそぎ流れだした。アサヒナは、川に飛び込んで熱いからだを盾にして、水を防せごうとした。けれども、水はあとからあとから寄せて来てアサヒナにのしかかった。おそろしいことは続いて、次の年にも谷はてっぽう水におそわれた。

雨があがると、アサヒナは山へ登って行った。空に月がのぼり、今は静まった川を照らしている。川は光る帯になって、山と山の間に消えて行く。そして、はるかに見える平地の上に、再び姿を現すと、こんどはからまるつたのようにうねって行く。アサヒナは、長いこと川の流れを見ていたが、何を思ったのか、わらわら山をおりはじめた。山をおりて川しもへ川しもへと走った。

次の朝になると、谷の人達は天からふってきた土の雨におったまげた。ざざ、ざざ、ざざざざどーっ 天から土がふってくる。「あえーっ、アサヒナが山よりでかくなって、土ばはこんでっど」「おーい、アサヒナ。なにしてんだあ」アサヒナは、はるか上のほうから、「おらぁ、川しもに沼ばこしらえっぺとしてんだあ」と、大きな声で返事した。

ひと山、土をあけると、ひと山だけ。ふた山、土をあけると、ふた山だけ。アサヒナのからだは、ぐえらぐえらとでかくなるではないか。そのたびに、ほおがひびわれ、背中に太いみぞが走り、腕から赤いしぶきがあがる。アサヒナは、また川下へ向かう。

燃えるからだで岩をとかし、大地をかっぱじき、土を掘ってたんがらにもりあげる。それを、しょって、また土を投げに行く。えぐられた川下の平地は、川の水をとぷとぷと飲み込んで、たちまち池となり沼となって行く。今はもう、アサヒナは雲の上までつんぬけた。髪は炎となって、天をつき、目はぎんぎんと燃えて火を吹いた。「おらだちも、いくどーっ」歩ける者も、歩けない者も、夢中でアサヒナのあとを追った。

運んだ土は、七つの山となってならんだ。にょっきり もっきり もっこ もっこ もっくら もっくら でえん 最後の土を運び終わると、アサヒナはたんがらをぽんとほうりだした。どどどどど どっどっどおーん 強い風をまきおこして、アサヒナはたおれた。たおれて、いくつもいくつもの、ちいさな山になって、とびちったんだと。

こうしてできた七つの山に、やがてみどりの木がしげり、「七つ森」と呼ばれるようになった。七つ森のふもとで暮らす人達は、遠い昔のアサヒナの名を今も語っている。「七つ森ばつくったのはアサヒナサブローだど。そんどきほった沼がいまの品井沼になったんだ。土をはこんであるいたあとが、吉田川だ。なげたたんがらが、ころころころがってって、ほれあのめんちゃっこいたんがら森になってんだど」

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